「ゼロの衝撃」 ⑦「言葉」の寿命 

ミツさんという人が「気」という言葉を使い始めたのは
ごく最近のことです。

自分の指す方向へ行けるかどうかの「気」は、
具体的ではないようで具体的。

究極にシンプルにしていくと「気があるか」、
それは「思考」「感情」「観念」一致があって
整列されるラインを通って繰り出されるものです。

複雑さを取り入れた人間の回路に
シンクロが起きて出るのが「気」です。


どんなに「ゼロ」について聞いても
そこに行けないのならそれは「気がない」
という言葉に集約できるでしょう。

この「ゼロに戻る」ためにいちばん大事なのは
「気ではないか」というのは、
暗黙でみんなが気づき始めていたように思います。



3次元では「文字」の配列が適切になされていたら
「言葉」としては伝わります。

「ありがとう」の言葉は、誰が使っても
この3次元を超えて4次元、5次元まで響いていきます。

でも、その響き方。

拡大しながらなのか、消え入りそうになのか、
それを発する人の「気」によって結果が違うのは
すぐに分かることですよね。


「気」がある「ありがとう」を受け取った人の
心に届くジワ~ッと感は発する人の「気」によって変わります。
(詳しくは受け取る人の問題もありますが)



これは、5次元の領域になると
大きく事情が変わります。

5次元は時間のない領域、
「今」という瞬間しかないですから
この瞬間の「気」の分量があるかないかが
「言葉」以上に問われることになります。

また、そういう「気」があることによって
5次元でその「言葉」は「生きる」ことができるそうです。


ミツさんに何を言っても当たらなかったのは、
「言葉」がミツさんに届くまで、
もっと言えばミツさんが象徴している「ゼロ」に届くまで、
「生きる」ことができなかったからです。

5次元の領域において
「言葉」に吹き込んだ「気」が生かされず、
「言葉が死んだ」ということ。

ミツさんは

 「言葉に命を吹き込むのが人間の仕事です」

そう言っていました。



なぜ「人間の仕事」かと言うと、
もともと「言葉」は僕たちの祖先が「気」を音にしたもので
同じような「気」を同じ「音」で表現したかった。

その便利さは、「気」の量に違いがあっても
「意図」としては伝わるということがあって、
次第に「気」がない人でも「言葉」自体のもつ「気」で
ある程度「伝わる」ようになりました。

今では、集合意識の中に「言葉」の「気」、
つまり「性格」がすっかり浸透していますから、
「音」を聞いただけで「分かる」ようになっています。



でも、5次元が3次元と圧倒的に違うのは
「音」で聞くわけではなく「気」で聞くこと。

SANと僕たちのやりとりも、
一見「言葉」のようですが、本当は「気」という
エネルギーのやりとり。

だから「言葉が死んでいる」と向こうに伝わらないし、
やりとりができているようでも
本当はまだまだ「生きる」ことができた部分もあるのでしょう。





「創造の仕組み」によれば「与えたものは返ってくる」
ということは知られています。





でも、なぜ返ってこないのか?

なぜ、いつまでたっても幸せにならないのか?


本当にその「言葉」、「気」が入っているのか?

もともと出す前から死んでいて、
宇宙に届いていなかったのではないか?



「創造の仕組み」のもと、
参加者の皆さんそれぞれの「気」を込めた「言葉」でのやりとりが
しばらくの間、続いていきました。












株式会社 前里光秀研究所 和田一真
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