「私は誰ですか?」 

「私は考える、ゆえに私は存在する」

以前に、存在する私。









究極の哲学的難題2 : 「私は誰ですか?」









「私は、和田一真です」

と言っても、名前を変えたら変わります。

「私は、この会社の社員です」

と言っても、転職したら変わります。

「私は、この写真に写っている人です」

と言っても、細胞は生まれ変わります。




寝ているときも起きているときも
本当の「私」と切っても切り離せない「私」とは
一体誰なのか?



実は、「私は、○○です」の「○○」には
ほとんど何を入れてもダメでしょう。

どんな「○○」を入れても、
「私」を置き換えているのですから
「私」とは微妙に距離が開きます。

では、その「私」とは。










プログラム受講生の方は
すぐに分かったと思います。


 「私」=「意識」


「私」が存在することを知っていることを
いつも観察している「意識」は
どの瞬間もあり続けるものです。

それ以外は、何もない。






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「ここは、家です」

いいえ、おそらく家ではないでしょう。

「ここは、日本です」

いいえ、たぶん違います!

「ここは、ワーク会場です」

それも、違うと思いますよ!










すべてはただ瞬間的なものです。

今、そうであるだけであって
ずっとそうだったわけでもこれからそうなわけでもない。

それは、ひとつの役割なんです。



ミツさんはスピリチュアル情報として

 「私」=「みんな」

と定義づけました。



実はこの言葉は、常に存在する「意識」というものを
拡大進展開させた先の定義で、

 「私」=「意識」

をより現実的に常用知識として言葉として
パワフルに使えるよう伝えてくれました。

ひとつである意識が創造的に分離しているなかで、
ひとつである意識はみんなにつながっている。

とっても温かみのある言葉なんです。


いいでしょうか。










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「私」が「意識」なら、「みんな」なら
この地球でどう遊びますか!

おもちゃもデパートもケンカも自然もあるこの地球で
それをつかってどう遊びますか!

スケスケの透明な意識で
遠くまで見渡せるような意識で
それを知ったうえでどう遊びましょう!


結局、「意識」しかなくて「みんな」同じなんですから、
うーん…と考えることはないです、本当は。

「遊ぶ」しかない。








僕はSANからこう言われました。


 「仕事が、遊びに変わります!」

 「そうなんですか!」


とすぐ思いました。

 「あれもあれもあれも、全部遊びなのか!」

他にも数十名の方が言われましたね

だからあれ以来、遊んでいます。

何年遊ぶか分かりませんが、ミツさんがブログで

 「2000年遊んでみよう」

と書いていたので、まずは2000年を目安としてみます。




ただ、頭のかたさが
ぎこちない遊び方をつくりだして
笑われることがあります。

 「なに、難しく考えているの?」

生まれて以来、30年近く遊んでいなかったので
恥ずかしいながら忘れているんですね。

遊び方を教わるのは本当はヘンなんですが、
僕はミツさんから教わっています笑



ミツさんが伝えているのは、「遊び」

この世界の(あの世界も)、「遊び方」



そう、僕は考えています。







トライアングルに象徴される
前里光秀グループのシンボルも「積み木」の意味があって、
テーマとしては「遊ぶ」

そういうことは、僕がもっと遊んでいくなかで
やっとお伝えできることなので、遊びます。



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  「私」=「意識」=「みんな」→「遊ぼう」

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そう考えたときに触れる、たくさんのリアリティ。

それに埋もれて今日を過ごしてみては!









 ※「前里光秀ワークショップ」で学習する
   スピリチュアルツールは、「遊び」のなかで
   前里が考案したもの、またはSANから聞いたものです。













株式会社 前里光秀研究所 和田一真

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