前里光秀大学【40】 この世界の特徴 

このリアリティの隣では、
例えば前里光秀大学の受講生がフルトランスチャネリングをやっている
というリアリティが存在しています。



「自分の心を感じる」セッションは、
そのフルトランスチャネリングをする精神状態を
つくっていく導入のようなものだったように思えます。


前里が言う「Be」があっての「Do」をするということは、
このセッションで感じたような「心」という静かな場所が
いつもあるという安心感がそうさせます。

そしてその「心」の前提として「観念」がありますが、
その観念が「感情」をつくるようになっています。



次のセッションは、その「感情」を選択する、
つまり呼びたい「感情」を呼ぶエクササイズでした。


現実創造のスタートである「観念」、
そしてその反応である「感情」を意図して選択することは、
「体験したい現実」を創造することに他なりません。

しかし受講生の集中は「難しい」という思いのせいか、
とても静的なように見えました。
(前にも書きましたが、僕はこの日の講義は出席していませんので
これらの内容はすべてビデオで見ました)

「静かな場所」という「Be」の言葉の中には
多次元的な「Do」が含まれているので、
本来それは、とても動的な状態です。

しかし受講生が意識を集中させていったとき、
恐らく言葉の意味の理解ができていない部分だと思いますが、
ただ内面のみに沈んでいく狭さがあって広がりがありませんでした。

それを前里は見ていたのだと思います。

そこで前里は、その意識エリアを広げていくように指導し、
最終的にはそれぞれがある一定の精神状態をつくっていきました。



そして最後に、「外の景色を見てください」と
前里は言いました。




「この世界が、どう映りますか」




前里は受講生にそう聞いて、
この世界の「ある特徴」について教えてくれたのです。




「“かたい”のが、この世界の特徴です。
そしてそれを分かることが、この世界をやわらかくできます」




この世界が幻想であることを体験として実感する
ということは、例えばビルのような、見るからにかたいものも
透明に、水のように見えるようになるということです。

実はこれは、
3次元という「かたいリアリティ」が連続する慣性系を抜け出して、
5次元のような高次元からのエネルギーを導入して
「やわらかいリアリティ」にシフトすることと同じです。


そう聞いてすぐに想像できるのは、
これまで「難しい」と思っていたようなことを
夢の世界のようにいとも簡単にやってしまうような、
そんなリアリティです。


ここで前里が言っていたことで強調したいのは、
「この世界がかたく見える」というのは、普通のことです。

それを「遊び」としてこの世界に生きている僕たちですが、
必ずしもそのかたいものをかたいままでよしとする必要はなく、
そこから「抜け出す」という「遊び」もあるということです。

「物理的な制限」は制限であって、それはルールですが、
それも「遊び」という概念に当てはめると「抜け出す」ことも
「遊び」に含まれているのです。








前里光秀研究所 和田一真
関連記事