前里光秀大学【39】 「今」がつくる真空の時間 

「今に生きるという観念が、Beです」

そう前里は言いました。





「今に生きる」ことも「観念」がなせる業なら、
それをできていない人には「今には生きない」という
観念があるのでしょうか。

恐らくそうではなくて、
ザワザワ落ち着きがないように見える世界に
「心を感じる」を忘れた結果としての、
誰もがもっている「今に生きる」観念に到達する手前での
別の観念による抑え込みがそうさせているように思えます。



この世界が幻想であることは
これまでに何度も講義してきたことですが、
それは「感じる」ことをするときに分かることです。


前里はどんな場所・時間でも意図して
チャネリングする意識状態に入ることができますが、
その瞬間「時間が止まる」、そして「何もない」ような状態になるそうです。

その「何もない」状態に入って「すべてが分かる」ようになり、
どんな質問にも答えることができます。

その状態が「今に生きる」ことです。
(もちろん使命によって、
「今に生きる」をそういう状態で表現しない場合もあります)




意識が体験する「時間」や「空間」は幻想なので、
「今」という瞬間には入り込む余地がありません。

また、時空間の隙間にある「今」は空っぽなので、
その様態は最低エネルギーの「真空」に似ています。

しかし最低エネルギーがあるということは、
別次元での目に見えないエネルギーで満たされている
という解釈もできて、それを理解できるのは
次元を超えることのできる意識、つまり「心」なのだと思います。



「今」という「真空」を満たしている「心」が
物質以外は何もないように見える現実から無限の情報を引き出して、
瞬間的なパワーをもつ言葉などを生み出していきます。

そういうことができる観念が「Be」にある。


それは、「Do」では到底到達できない境地で、
どんなに「Do」を鍛えても限界があります。


また、「Do」主体で「Be」をないがしろにする行為は、
人のためにはならない自己満足の世界でもある、
厳しいようですが仕組みとしてはそういうことだそうです。

結局、前里がどんな質問にも答える
チャネリング能力を身につけているのは、
本当の意味で「人のために」を実践するために
「自分の心を感じる」を徹底して積み上げてきたからです。



「心が見えなければ、世界が見えません。
 なぜなら、心がリアリティをつくるからです」



そう言って、講義は「自分の心を感じる」「見る」
セッションへと入っていきました。






前里光秀研究所 和田一真
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