前里光秀大学【32】 絵画にまつわるストーリー 

前里が「Be」を大事としているからといって
「Do」がないわけではなく、
それはそれは多次元的な「Do」をする人です。

つまり、一気にすごいスピードで
本当に多くのことをやるんですね。


それを目の当たりにする僕から見ると、
「いつやっているんですか?」という疑問がありますが、
ただただやるべきことをその場ですぐに行っている。

それは「Do」が先行しているわけではなく、
「Beを味わい尽くした結果、Doが広がる」
ということだそうです。





「Be」は在り方で、「在り方」を大事にすることは
「今」にのみ焦点を合わせることと同じです。


それは、「今に生きる」ということで、
その結果、濃密な「今」から「Do」があふれ出し、
「やりたい」ことをすぐに実現していくようになります。

だから常に考えるのは「どう在りたいか」で、
それが基準としてあれば「どうしたらいいか」は
すぐに探せるようになるのです。


また、「Be」は、自分がつくる世界の
世界地図を手にしているようなものです。

別で言えば、その目に見えない世界地図を
必要なときに必要なだけ見れる状態が「Be」です。



自分が生きている世界の様子を理解することは、
やりたいことを望んで選ぶことにつながります。

その選択後の行動は、「地図を見ながら」というより、
地図を理解しながらも自分の行きたいルートで行くような、
そんな楽しみも入っています。


この過程では、「寄り道」も楽しみのひとつであり、
ある意味では「迷うこと」すらもそうなのかもしれません。

でも、手にしている地図にはすべて書かれていますから、
大きな視野で考えたらずっと「安心感」の中にいるわけです。






そういう地図は、誰でも手にして生まれてきました。






そこには、もともとの「Be」が凝縮されているので
それを感じ味わうことが、
楽しくできる「Do」をすることにつながります。




その「Be」を感じ味わった「Do」には、
例えば絵画鑑賞なども含まれています。


前里光秀研究所の本社には、
ある少女が描かれた絵画が飾られています。

なぜ、それが美しく
見る人を感動させるのか。


前里がその絵にまつわるストーリーを
知っているかどうかは分かりません。

でも、まだカメラのない時代、その少女を少女のまま残そうと、
瞬間を切り取ろうとして絵が始まったのかもしれません。

その絵の背景にどんな思想や文化があったのか、
それが影響を与えた結果の美しい絵画に
「何を感じられるか」が、つまり「Be」の具体です。




これは前里が言っていたひとつの例ですが、
前里は、そういうことも感じながら今を生きています。







前里光秀研究所 和田一真
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