前里光秀大学【31】 幸せな在り方 

「DoよりもBe」




「何をするか」よりも、「どう在るか」








本当の意味での「創造性」を考えると、
目の前だけを見てすぐに行動を起こすのは間違いです。

これは僕が前里からよく指導を受けてきたことですが、
何も考えず急いで行動を起こそうという安易な考え方は、
創造性を発揮できないであろう未来を疑似体験するような在り方がつくる
間違った創造性発揮の方法です。




この物理世界では、たしかに「行動」が現実をつくる
大事なキーワードですが、
その上位概念としての「思考」があります。

また、その「思考」のもとには「観念」があります。

それらをひっくるめて「心」といいますが、
「心」をもっている以上は、いちばん大事なのは「在り方」です。



「DoよりもBe」というのは、
その「在り方」に重点を置くことによって
これまでは「行動」から現実をつくっていたやり方から、
「心」で現実をつくるようにすることを意味しています。

また、「在り方」を大事にすることは
「観念」も見ながらていねいに扱うことにつながるので、
必要ならば自分にとって都合のいい「観念」に変えることすらできます。

さらに、「観念」とはまさにこの世界をつくっている源なので、
それを意図して変えるようにできることは、
同じく考えながら世界を変えていくことにもなるんです。







そういう世界観を理解したとき、
前里がよくカウンセリングでクライアントから受ける
ある質問の答えがよく分かります。



「どうすれば幸せになれますか?」



この、「Do」によって目の前を変えようとする考え方に必要なのは、
当たり前すぎる「Be」です。



それに対する正確な答えは
「何も必要ありません」



それは、何もしないのではなく、他に何も必要がない。

何も必要とせず、何も求めようともしない、
そのときに変えるべきは在り方のみなので、
このアドバイスを真剣に考えれば考えるほど
幸せの場所は気づけるでしょう。

その人の観念に
「幸せとは、サバイバルで手に入れるものだ」
というものがあったとしても、それはみんなの真実ではありません。



立っている場所が「幸せ」で、歩いた道が「幸せ」

何かをして幸せになるのではなく、今の状態が幸せで、
だからこそ「何もない」状態でも幸せなのです。


そこに、何かをすべき「Do」が入る余地はなく、
もし入れたとしてもそれは必要ではないことに気づくはずです。





そういう意味では前里は
徹底して「在り方」を見せるカウンセラーです。





前里光秀大学で語られるこのような「在り方論」は
恐らく100時間あっても語りつくせないのでしょう。

なぜなら、伝えようとしている「在り方」とは
「状態」に他ならないので、結局は言葉を理解しても仕方がなく、
その奥に潜む波動のパターンを学ばなければ身につかないからです。

大学の講義では、そのような「在り方」の波動を
自ら実践している前里が生の白熱とともに受講生に流しているのです。




それは、僕を通して伝えるこの文章と
比較にならないほど違うのではないでしょうか。









前里光秀研究所 和田一真
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