前里光秀大学【30】 6000年の「今」を生きる 

成功者は世の中の表舞台に出ることが多いですが、
豊かな人はそうではない場合が多いです。




前里は好んでクラシックを聴いたり、
美術館に絵画を鑑賞しに行ったり、
伝統芸能である能を見に行ったりしています。

そういった時間は、たしかに「豊かな時間」ですが、
アクティブに遊ぶことと比べると「地味な時間」です。


でも前里がそういう時間の中に感じているのは、
つまり豊かさを享受する芸術の時間に感じているのは
そうした悠久の歴史を重ねた人類に対する尊重だそうです。





人類が熟成させてきた芸術というスペクタクルは、
まさに人類が費やしてきた歴史そのものです。

そこにはあらゆる感情が
感動とともに表現されているのだと思いますが、
そうした芸術に心を込めて思いを注ぐことが
結果的にその時代に生きた人々からの
影響を受けることになるのだと言っていました。


そして、例えば3000年前までを思えることができるというのは、
それと同時に3000年後までを思えることにもつながっています。



そういう時間の中で今を生きる人は、
6000年という時間の中での「今」を体験するようになるので
その感じ方・味わい方にはより深みが増すことは
容易に想像できるでしょう。






今、ここにこうして存在しているのは
これまで生きてきた多くの人々が費やしてきた時間が
結晶となってすべてをつくったからです。

そう考えるとこの机もイスも、カーテンも窓も、
外に見える家や建物、電柱だって思いの結晶ですから、
自分とは多くの人の思いに支えられて生きているといえます。

ほとんどすべての準備ができた状態で、
生まれて今を過ごしているんです。





前里はそのことを「生かされている」と表現しました。





生きることができているということは、
「その環境によって生かされている」ということで、
それに気づける、分かることが過去からのエネルギーを
受け取ることになります。

過去からのエネルギーを受け取るなら、
今、ここから展開する未来からだって同じです。


また、その長い時間体験の中で特徴的なのは、
何かを急いで実現しようという思いがなくなるということ。




そもそも、これだけ無限にある時間の中にいて、
何を急ぐ必要があるのか。


そういう思いが、実現できるイメージがありつつも
ゆっくりゆっくり…少しずつじらすように遊びながらする
思い通りの創造につながります。

その隙間に、さらに例えば芸術に魅かれながら、
もっとじらすような創造がはじまります。







そういう人を、「豊かな人」といいます。








前里光秀研究所 和田一真
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