思い 


前里光秀大学 開校まであと3日。

入学されるみなさんはいかがお過ごしでしょうか?



久しぶりの「入学」になる方が多いのではないかと思います。

私達も楽しみにしています。

通常の入学式とまではいきませんが

前里光秀大学も入学式を執り行います。

長い挨拶などはありませんのでご安心ください。



「入学」の意味を「学問に入る」という風に私は解釈しますが、

前里光秀大学への「入学」は

確実にこれまでの「入学」とは異なるものになるでしょう。

それは、前里光秀大学の学問自体が

確実にこれまでとは違うものということでもあります。

伝わりやすい言葉にすれば


「スピリチュアルを学問として学ぶ」


ということになるが、前里から発信される情報

またはSanからの情報は、すでにその域を超えていると感じる。


それは私達の中では「なるべくしてなった」という感覚だが、

実はある方からこう言われた。


「前と違う、内容が凄まじい。どうしたんですか?」


何とも答えようのない質問だったが

嬉しく感じました。

特に「凄まじい」という言葉が。


最高の褒め言葉というと言い過ぎになるが、

「凄まじい」と表現されるようなことをするのは容易ではない。

だから、そう言われたことは嬉しいことでした。


そしてそれは、私自身が感じていることでもあるからです。

前里光秀という人間は「凄まじい」と私も思っている。

「凄まじい」は褒め言葉と言いながら、

身内がこんなことを書くのは図々しいかもしれないが

とにかくそう思う。



何がどうそうなのかと言われると、

どこからお伝えしていいかわからなくなるが

一言に集約してみたら「凄まじい”思い”の持ち主」

という表現になった。


とにかく自分が関わることすべてに対して「凄まじい思い」で向き合っている。


その”思い”から生まれた事柄は数知れず

影響も強大。




そして前里光秀大学 開校。

入学するみなさんは、その凄まじさをどう受け止めるのか。

そして何が生まれるのか。


それは、みなさんの”思い”が創ることになるだろう。





前里光秀研究所 川満由希夫

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