答え 

「質問」 

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※この内容は質問者の了解を得て書いています。





答えはシンプル


「同時に存在している」


すでに質問の中に答えはありました。

私達は3次元の別の地球にも

「死後の世界のような場所」=「別次元」にも同時に存在している。

「地球だけに」という思いは「思考の固さ」なのだ。

だからこの方が本当に腑に落ちていないのは


「同時に存在している」という事実である。


多次元世界の話をしながら、多次元の存在を忘れている。

「こうである」と決めたものが「すべて」になってしまうのは

私達の癖である。以前書いた記事「無制限」を元にした言葉にすると

「思考なき制限」という言葉が生まれる。

「思考なき制限」は私達の癖でありながら不都合なものだ。

癖と言うくらいだから頻繁にある。不都合が頻発しているのである。


なぜそういう癖があるのか、どうすれば頻発せずにすむのか。


今はその真実をそっと隣に置いて、こんな話はどうだろうか。





「私達は自分の知らないところで誰かのガイドをやっている」


違和感があるかもしれないが、私達は無数の地球に存在しながら

無数の次元にも存在している。

それも必ずしも「人間」としてではない。肉体を持っているわけではない。

あなたもこうしてこの記事を読みながら、常に誰かのサポートをしているのだ。

仮にあなたが今悩んでいても、誰かに助けて欲しいと思っていても

あなたは常に誰かを助けている。そういう存在なのである。




もし「違和感」が心にあるなら試してもらいたいことがある。


その「違和感」に触ってもらいたい。視てもらいたい。

目を閉じて。イメージの中で「違和感」を丸い立体にする。

それを心から取り出して目の前に持ってくる。

そして感触を確認、視た様子を確認。

それをシンプルに2種類に分けてみた時

「良い」のか「悪い」のか。ただ感じてもらいたい。


どうですか?どんな感じですか?






しかし、これは何かを判断するテストではない。

どちらであっても判断はつけられない。

なぜならその「違和感」には良いも悪いもない。

ただただ自分の創造性に気づいた結果の感覚だからである。

その違和感は創造性なのだ。


なぜ触る必要があったのか。


その答えもとてもシンプルで

自分の創造性に「注目」してもらいたいからである。

私達は100%の創造性を忘れている。

常に「注目」していない状態である。

それが「思考なき制限」を生み出す要因のひとつでもある。

不都合の元にもなっているのだ。



話を戻そう。



なぜ触る必要があったのか。

違和感という感覚は誰でもわかる。

しかし、創造性という感覚はわかり難い。正確にはそういう思いがある。

そして違和感に触るという行為には集中力が必要で

日常やることではない。むしろ日常でやっている人がいたら

会って詳しく話を聞きたいくらいだ。

そのくらい集中力と「注目」が必要だ。


とにかく違和感とは創造性なのだから、

この行為は強烈に創造性に「注目」する行為であり

創造性とのコンタクトになる。創造性を思い出すのだ。


しかし、「創造性を確認する」という行為は

実に「変」であると思ったほうがよい。なぜなら私達は

創造性を持っているというより、創造性の中にいるのだから。



そしてそれを知ることを、知識増加の1つとしてしまうのは勿体無い。

なぜなら、この遊びのような行為は





先ほど置いてきた真実に近づく術でもあるからだ。








前里光秀研究所 川満由希夫

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