ライフライン体験記 ⑩時間と空間を解放する 

⑩時間と空間を解放する



3日目の夜、僕らの話は尽きることなく
様々な方向へ展開していきました。

ミツさんが以前から考えていたことの1つに、
面白い実験がありました。



それは、絵の世界に入ることです。

「そんなバカな!」と言うのは簡単ですが、
ミツさんが考えるからこそ、僕も真剣に考えてみました。



宿泊部屋には、橋が架かる川に
ボートが浮かんでいる水彩画が掛かっていました。

ミツさん曰く、

「実際に画家が絵を描いている時に
ボートに落書きをして戻ってきたら
それが写っているんじゃないんですかねぇ」

ということでした。



ただ、それはボートの落書きを絵に描くか描かないか
という画家の自由意思の選択によるものなので、

それよりは「絵を描いている時の画家に重なって、
絵に落書きを描かせる」方がいいと思いました。



絵だと実際にない風景だということもあり得るので、
その絵が写真である場合について考えました。

例えば「写真を写す前の現場に行き、ボートに落書きをする」と、
写真には落書きが写っていそうな気がします。

しかしそれをこちらの世界で「今か、今か」と
僕らが目を凝らして観測していたらどうなるでしょう。

もう現像されている写真に化学変化が起きて
線が伸びていくのでしょうか。

この話はいくら考えても延々と議論ができ、
オチがつかないので実際に実験するのが一番だと思いました。



こういったくだらない議論をしているうちに、
アキラさんが「そんなのどうでもいいんですよ」と言い始めました。

ヒートアップした意味のない(?)議論に、
冷静なアキラさんが笑いながら諭してくれたのです。

その後フォーカスレベルに関しての議論をしていた時、
またしてもアキラさんが「どうでもいいんですよ」と言いました。

そして、「そんなのもともとないんですよ」とも言い始めました。



それは、「もともとフォーカスレベル自体
モンローが書いた道標で、そんなものは存在しない」
という趣旨の話でした。



「なんでフォーカス27に行くのに
1,2,3なんて数えるんですか。

意図すれば行けるんですよ。

車に乗って目的地まで行く時に、
途中で1回1回止まるんですか」とも言い、

最終的には「数字がついているから遠く感じるんですよ」、
そして「行きたきゃ行けばいいんですよ」とまで言っていました。



これらの話はくだらないかも知れませんが、
非常に示唆的だと思いました。

『死後探索シリーズ』のブルース・モーエン氏は、
「時間は存在しない。イベントが連鎖しているだけ」と言っていました。

線は点の連続ですが、それと同じく
イベントの連続を時間と感じているのかも知れません。



それを聞いた時はあまり理解ができなかったですが、
ミツさんのように時間と空間を自由に行き来するのを
目の当たりにしていると

「本来そんなものは存在しないんじゃないか」
と思うようになっていました。



時間が存在しないのなら、
空間も存在しないのではないでしょうか。

そしてすべては「現在」、「此処」にしかないのではないか
と思ったのです。

そう思った時にモンローのフォーカスレベルも
宇宙の果ても何もかも「今この一瞬、此処にある」と思えました。



そして僕らはもう一度、ミツさんの絵を見ました。

『スペース - 時間 - かいほう』



その時に意味が分かりました。

これは「時間と空間を解放しろ」、
つまり「時間と空間に縛られるな」ということなのです。

それまでの飛び飛びの話が1つの線で繋がったので、
僕は難問を解いた喜びでいっぱいになりました。



そしてミツさんはというと、
その場で時間と空間に縛られた信念が崩れ、
フォーカス119に対する認識が変わっていました。

前日までは「行けると思いますよ」だったのが、
「恐らくすごく簡単に行っちゃうんじゃないですか」になっていました。
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