危機の芽を摘み取る 


危機の芽、



それは誰にでも、いつでも、どこかしらにあるもの。



芽が育ち幹となり、根を張り巡らせ、枝が脈々と伸び、

葉が広がりはじめた…。



光が届かなくなってから、慌てて木を切り倒すのではなく



危機の芽、

それが芽であるうちに全て摘み取っておくのが理想です。

それが危機を察知する能力、危機管理能力です。



と、ミツさんは話します。



会社において、社員はほったからしにしておけば

会社にとって不利益をもたらす行動をとる。



会社はなんとなく運営していれば、浮き沈みを繰り返し

そして沈んでいくもの。



常に危機感の中に埋もれ、すばやく危機を察知し、

その芽を摘み取るのが社長の仕事。



その危機意識の高さも「計画性」である。



それは仕事だけではなく、物事の考え方

日々の過ごし方にも言えること。



自らの癖、ぽろっと出してしまった言葉、陥りがちな考え方、

気がついたら、いつも同じことを繰り返している。



それは危機感、計画性がなく、自然に加担されてしまっているから。

問題なのは、繰り返していること、加担されていることに

本人は気がついていないこと。



常に危機の芽を探し、その芽を摘み取ることに

意識を張り巡らせる。



繰り返しから脱し、そして脱した後

また元に戻らずに、変化の波に乗り続ける。



逆にそちらのほうが、宇宙と調和をとり、

超安定した生き方ができる。

宇宙の定数=変化



十分な危機意識。

逆説的だが、その危機管理の高さが、緻密な計画性へつながり

その計画書を携えたパワフルな在り方こそが

繰り返しを脱し、変化に乗り、真に楽観的な生き方の礎となる。



潜在意識をなめてはいけない。

押しては返す、そのさざ波の引き潮のように

ごく自然に、ごく当たりの前の様に、

あなたを元の場所に戻し、その繰り返しの中に留まるように

説得を繰り返すだろう。



加担されてはいけない。

「これが当然だ」「これが自然だ」「これこそが自分らしい」と思った

自らが当たり前にとった行動、

その行動自体が、既に危機感のなさを露呈しているかもしれない。



「加担されているかもしれない」と、危機感をもち

気づくことができれば

それは文字通り、千載一遇のチャンス。

繰り返しを脱しよう。



危機の芽は、芽であるうちに全て摘んでしまおう。




比嘉公彦





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