「成功は非科学である」を検証する。 


「シンクロ二シティ編」


集中力が足りない
スピード感が出せない
思うように言葉が出ない
意識が分散する
もっと頭の回転を速くしなければ…



わかっている。
自分の実力はよくわかっている。



だからといって、機会をみすみす見逃してしまうのか。


飛行機に乗って、電車に乗って、
遠方よりはるばる来る機会を、みすみす見過ごしてしまうのか。




実力不足だから…




成功は非科学なのに!?



誰にも正解はわからない。


いろいろやって何が作用するのかわからない。


有史以来、
「これだけ備えがあれば充分」なんて挑戦は1つもなかったはずです。


それでも打ち破らなければならないカベが無数に存在した。



ものの見事にきれいさっぱり機会を逃したこともありました…。


それでも困難と言われ、
意外と簡単に打ち破ったカベもたくさんあったはずです。
自分の思い込みが激しかっただけか…


なぜそれが可能だったのでしょうか・・・?
理由は成功は非科学だからだと思います。


それではこの非科学とは一体なんでしょうか?
この非科学に潜む謎は一体なんでしょうか?


もちろん正解なんてないでしょうが、
今日僕はこれをシンクロニシティと定義したいと思います。


今まさにそういう気分です。


シンクロ二シティはTPOを選ばない。
シンクロ二シティは空気を読まない。
シンクロ二シティに常識は通用しない。


スランプであれ、逆境であれ、
大なり小なりシンクロニィシティは、
起こそうと思えば起こすことができると思います。


そしてシンクロ二シティの大きさは、
そのときの気分に寄りかかるところが大きいと思います。

気持ちや感情が大きく動けば、
その瞬間に一瞬地震が起こったような感覚さえ呼び覚ます。



喫茶店で知人と会話をしていて、
話が本題に入り盛り上がったところで急に店がザワザワと混み出してきた。


そういう経験をしたことがあると思います。


あれも瞬間的に感情優位なシンクロ二シティを起こしていると言える。

そう感じます。



問題はその流れを止めないことではないだろうか。


多くの場合、恐怖心がそうさせているかもしれません。


車が加速してスピードが出すぎると、
一直線の道をまっすぐ走っているだけなのに、な
んだが怖くなってブレーキを効かせて減速させる。


今がどういう状況であれ、
シンクロ二シティを巻き起こし拡大させ、
そしてその流れを止めてはならない。


それが癖であれ、習慣であれ、自分らしさだったとしてもです。
僕はそう教わりました。


「成功は非科学である」


この非科学の部分に対しての凄まじいまでの数限りないアプローチ。

いきなり質を上げることは難しいかもしれませんが、
必要なまでにその打つ手数をやめなければ、
どこかで勝手に質は上がると思います。


質は後。


最初は手数、スピード。


何が効くかはわからない。


正解は誰にもわからない。


だけど僕はまた聞いてみる。







比嘉公彦です。
読んでいただいてありがとうございます!
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