天才になれる! 



「天才」という葉が出ました。


「これは天才になる!」

「進化」はそんな待感を連れてきた。
しかし、それは当たり前の感覚なのかもしれません。

一つの塊だった「講義」を、前里はまず2段階細分しました。

大きく21項目
そしてその21項目すべてを「最低20項目に分ける」

単純に計算しても、講義が400項目以上に細分化される。




「400・・・ を、使いこなす」




それが僕たちには的」に映ったのです。

そして、その時点では誰も
「それが本当にだ」とは思えませんでした。


だけど、「絶対に可能だ」とも思わなかった。


一人ひとりに確認したわけではないけど、
みんなの「瞳」「心」がそうだったし、
「場」がそう言っていました。


今思えばそれも「進化した僕たち」だったからなんだと、わかる。



前回の記事で「前里が変わったわけではない」と書きました。
これはそのままの意味ではありません。

この世界の仕組み上僕たちだけが進化することはありえない。

それをふまえた上での「前里が変わったわけではない」
という言葉でした。

じゃあ何が変わっていないと言いたいのか。


それは「細分化」のこと。


リアリティのすべてをそうやって見ている状態は

「変わっていない」

「もともとそうやっている」

「目新しいものではない」



ということ。



あえて「リアリティのすべて」と書きました。

前里にとっては「講義」自体が、
既にリアリティの中で細分化された項目であり、
さらにそれを「21」ではない数に細分化、
さらにそれを・・・ さらにさらに・・・

といった日常に生きているのです。


見えすぎて困る」わけです (笑)




そして特別講義で前里が言った言葉。



「この400項目を使いこなせるなら、
自分と何も変わらない」


「なんでもできる」


「でもこの21項目のひとつだけでもマスターすれば、
企業社員教育セミナーくらいカンタンにできますよ」











「たとえば、感情エネルギー・・・」







川満由希夫






週末! 神戸オフィスに行きます! もう一回読んでね。
関連記事