生き抜く勇気  


「生き抜く勇気がありますか?」






そんな質問を受けることはないかもしれない。

しかし、もし私たちがそれを問われ続けているとしたら…





「あなたどう答えますか?」






仮に「YES」と答えるのなら、
何を根拠にそう答えるのでしょうか。





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宇宙的規模の「サイン」を、
僕たち一人ひとりが知っている。


心に置いている。


だからこそ動きを止めずに存在できる。


それは大きな安心感として心の中に存在し、
大きなエネルギー源として働いている。





それは 「他」 というサイン。





それが人生の中枢にあると言っても過言ではない。

他が自分を創っている。




「あなたは他の集合体です」




「他」の作用で歩き続けている僕たちなのに、
なぜかそれを忘れ続けている。


自分の力だけで歩き続けていると勘違いしてしまう。





「自力で生きていると…」





「他」を忘れているこの状態ではあるが、
だからと言って人生が崩壊するわけではない。

なんとなくいい感じに続いてしまう。

その曖昧さが「忘れ続ける」要因なのかもしれません。





自力という言葉の意味を考えてみたことはありますか?



「自力でできる」



この言葉が、私たち日本人の言葉である日本語で、
どういう解釈になっているかを知ると、予想外の強烈さを感じます。






「自力」の「自」は、「みずから、おのずから」

「自力」の「力」は、「もともと備わっているもの」
という意味があるが、実は「自らの動き」という意味もある。

面白いことに、自力の「力」の中にも、
すでに「自ら」という概念が含まれる。

どちらも「他」とは真逆の意味を持ったままひとつになって「自力」


その意味は「自分ひとりの力」

言葉を批判するわけではないけど、
なにか… 
「自分ひとりの力」という言葉に距離を感じる方は
多いかも知れません。





そしてさらに「できる」の意味は…


様々な意味を持つが、ここでのつながりでは


「完璧なものに作り上げられる」




これだけでも強さを感じる。




そして「自力でできる」の意味はこうなります。




「自分ひとりの力で、完璧なものを作り上げられる」




かなり強烈な言葉だと僕は感じました。




そして同時に、「これは不可能だ」と思いました。


まずは、僕たちが暮らすこの3次元の世界には、
たったひとりの人間の力で、完璧に作り上げられたもの自体が存在しない。


特に僕たち人間は、
たったひとりで、ある日突然この世界に現れたわけではない。
赤ん坊が自分ひとりで生き抜くことなどできない。

「自分」の周りからも中からも、「他」を除くことは
元々できないのです。



それでも、一つくらいは「自力でできること」がないかと考えてみましたが、
僕にはそれを見つけることができませんでした。







宇宙的規模のサインとは、
実は「自力でできる」という勘違いのことなのです。

その勘違いを持ち続けているから、
いつか必ず「他力」の存在感に出会う。


「他力」の優位性に触れる体験は、
「自力」を思い続けた先にあるのかも知れない。














「あなたは、生き抜く勇気がありますか?」







川満由希夫



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