学ぶとは、忘れること。 


[ 2月27日 送信メール ]

前里光秀大学 第3期

2次試験を控えている方からの質問について。


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○○さま

お久しぶりです。


ご質問にお答えしますね。


①ノートについて。

ノート、メモが禁止ということはありません。
これは、講義中に前里が受講生の皆さんにお伝えしたのですが、


「今」という瞬間の生き物である私たちが、
「今」目の前にある情報ではなく、
記録することに意識の大半を向けることは非効率だという内容でした。


「メモを取らないと学べない」という心の状態が、
結果として、


「学ぶ予定がない」


という意思決定と同等になる。
それが学びの吸収率を大幅に下げてしまう。


しかし、何度もお伝えしますが、
「禁止」ということではありません。


あくまでもそれを知った上で、
心の状態を確認しながら受講する方が、
より良いという意味でお伝えしました。


なので、ノートをとる方もいれば、
とらない方もいらっしゃいました。


どちらが良い悪いという判断はありません。


岩田明子さんは「とらない学び」を選択しただけです。







②録音について。

大学講義の録音はできません。


理 由について、ノートについての内容とほぼ同じになります。


録音することは完全に「今」を放棄する状態でもあります。

前里がいつもお伝えする言葉、「情報は生もの」

「今」、必要な情報だからこそ、「今」届ける。
その情報を録音することは「後で受け取る」という決定です。



「今に在る」ことに勝る吸収方法はありません。



この世界で一番大切な「時間」の使い方にズレが生じることになります。

大学受講中も、卒業後も、
吸収できないままで終わる可能性が出てきてしまうのです。


それが大きな理由となっております 。






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細かい話になりますが、



「録音したものを何度も聴いて学ぶ」



という方法もあります。


しかし、入り口の違いがそれを成立させます。




それは「個」なのか「集合」なのかという入り口です。



例えばカウンセリングなどの「個」である場合、
情報が受ける方ひとりのために絞られます。


もちろん情報元は一つではありません。


過去世、未来世、ガイド、SAN、別リアリティ、潜在意識…

様々です。


しかし、届ける先は一つであり、
その日その時の「場」の集合意識の影響が、
どちら かといえば弱い。(※影響がないという意味ではありません。)

それは「今」という瞬間の情報でありながら、
ずっとその方が持ち続けている情報でもあります。



「もともと持ちながら忘れている」



それを繰り返し浸透させるという方法は、
効率的な学びになると言えます。







それが「集合」の場合。

真逆の作用が起きます。

1対1ではない空間では、受講者全員の個々の意識、
集合意識が良い意味で入り乱れ、「場」が完成されます。



その状態で伝える情報は


「生である必要性が非常に高い」



集合が完成させた「場」の中で届く情報は、
その「場」だからこその情報であり、
まさにその「場」で受け取ることが最大の学び方になります。


後で… という思いは、その完成の「場」からはずれることになります。



「今」も「後」も両方で学ぶという概念は、その中には入れません。



それは学びの減少を意味します。



その「場」を放棄して、録音を何度も繰り返しても聴いても、
それはすでに別リアリティに移動した状態であり、
情報の内容が同じではない可能性すらあるのです。




学びを残す、残さない。
使う使わないは、瞬時に決まります。






最後にとても大切なことをお伝えするとすれば、




「学びが残っている以上、使っていない」




本当に学びや情報を使って生きている人は、
それを使っていることを「忘れている人」だからです。


急激な変化を経験した○○さまは、
そのことをよくご存知かと思います。





「気づいたら現実が変わっていた」





それは忘れたから起こることなのです。




長々と書きましたが、
以上のような理由があります。




ご理解いただい た上で、
密度の濃い学びを楽しんでいただければと思います。




よろしくお願いします。













川満由希夫

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