明子ファイル⑥「バベルの塔」 

チャネリングは 見えない世界との「同期」によって起こる現象です。



もともと「ひとつ」である私たちがなぜ
「ばらばら」に見えるのか?





旧約聖書に「バベルの塔」という
世界的に有名な神話があります。


この神話を簡単に要約しますと・・・・・




もともと同じ一つの言語を話していた人類が
天に届くほど「巨大な塔」
自分たちの力を誇示するために建てようとしたんですね。




その傲慢さをみかねた神さまはあることを実行した……



なんと その塔を壊して人類を世界中に「離散」させ
人々がコミュニケーションをとれないように
それぞれ「異なる言語」を話すようにしたというお話。




あくまでもこれ、神話ですからね
実話ではなく「心の物語」として受け止めてくださいね。






でも人類の問題や紛争の多くが
相互の「意図」がうまく取れないのが原因だとすれば
この神話は真髄をついている。



というわけで欧米では「バベルの塔」の神話は
2000年以上の時を経てもなお色あせることなく
そのインパクトを世界中の人たちに与え続けてきているのです。






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 ウィーンの美術館に現存するブリューゲル作「バベルの塔」






おもしろいな~と思うのは
「バベルの塔」の神話によれば昔の人は

相手のことをチャネリングする必要など
まったくなかったということ。





「言語がひとつ」だったからですね!






これによく似たプロセスは
赤ちゃんから大人になるプロセスにも見られます。




赤ちゃんのときって
言葉も知らないし視力も弱くて
世界はぼんやりとしていて「未分化」な状態。



自分と他の人たちとのあいだに区別も差別もないので
警戒心がなく誰にでもニコニコ顔^^




人間はこのような「未分化」な状態から
わざわざ自分と他を「区別」「言葉」を覚え
「分離」するというゲームに参加することになっているようですね。


こうしたプロセスを経て成人するのは
地球広しといえども「人類」のみ!





確かに私たちは「言葉」を習うときに

「自分」と「お母さん」を「区別」
「家族」と「隣の○○○」を「区別」

いつも一緒の「愛犬ハナ」と時折庭にやってくる「亀」を「区別」
大好きな「バナナ」と苦手な「ピーマン」を「区別」することで

それぞれの感覚的な「刺激」「印象」「言葉」に重ね合せていきます。





おなじ「犬」という言葉でも印象は様々。


「遊び」を連想する人もいれば
「恐い思いで」を連想する人もいる。


共通のはずの「犬という言葉」には「独自の体験」も
くっついてきちゃうわけですね。


だから「言葉」は共感を呼ぶ道具であると同時に
「誤解」を呼ぶ要素ももっている。






ところで「価値満タン」という言葉。



皆さんもすでにご存じの言葉ですよね?



ところがミツさんは
この言葉を毎回「違う意図」で使っているのを
ご存じだったでしょうか?






「言葉の背後にある意図」をつかむというのは
毎回 違う「意図」で使われている「価値満タン」の違いを
把握する力をつけるということになりますね。





「言葉が生まれてきた場所」にアクセスできた人は

「言葉としては正解なんですけれどね~
言葉の出所が違っているんです」

というミツさんの「言葉の意図」がわかるようになります。





同じ日本語を使っているから
理解し合えるというわけではない。


「バベルの塔」という出来事は
日本語と他の外国語との間にだけ起こる出来事ではない。


私たちの心のなかで起こっている出来事であり
同じ母国語を話す者同士のなかでも起こりうる出来事。





それを知り
それを超えるために……




言葉を言葉として成り立たせている
「ひとつ」という世界への旅たち
もうひとつの「ゲーム」が準備されます。




「複雑さ」を経たあとの「シンプルさ」


これは単なる「未分化な状態」とは違います!




「チャネリング言語」を理解する醍醐味

豊かな世界の背後にある「もっと豊かな次元」への宇宙からの招待状

「特別研究生の入り口」がここにあります。






                   To Be Continued …

   岩田明子





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