伏線 





前里光秀大学の開校まであと3日。



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vol.2の中でSanから伝えられた「ヒーリングの講義」

私はこの講義内容に興味津々です。

もちろんまだどのような講義になるのか見当もつきません。

それがいつ始まるのか、何回目の講義でSanが登場するのか。

とにかくワクワクします。






実はヒーリングの講義に興味を持つ理由があります。

それは「ENDING」の中での出来事が影響しています。

私自身が「ヒーリング」を初めてやったのがENDINGの時でした。







ENDINGの時、Sanがヒーリングしている姿に引き込まれ

「奇跡」という言葉が何度も頭をよぎった時

私の心は子供に戻っていました。



「思うことは何でも叶う」



という当たり前を、本当に当たり前として過ごしていた

5歳くらいの自分がよみがえる感覚でした。

自分が何に期待しているのか、わかっているけどわからないふりをしているような

不思議な感覚の中で、とにかく「奇跡」が頭の中を回っていました。









私は、身近な人が病気で亡くなり、病気で苦しんで、

病気で人生が変わっていく様を幼い頃から見てきました。



「どうすることも出来ないことがこの世にはあるんだ」



と私が初めて思った瞬間の目の前には、やはり「病気」がありました。

深くにある思いは「病気は諦めるもの」

それを表に出すことさえしませんでした。

辛いとかではなく、それが当たり前過ぎて考えもしなかった。



でもあの時、

Sanがヒーリングをしている姿を見た時、

それが崩れ落ちました。



Sanなら「どうにかするかも」

「本当に強く思えば叶うかも」



久しぶりの感覚でした。

そしてその思いが胸の中に広がったとき、

私の目には涙が溢れていました。



とにかくすべてが私への強烈なメッセージになりました。

自分自身が初めてヒーリングを試みたあのENDINGの中で

そのメッセージはさらに深みを増すことになりました。



「無心」という言葉を思い出したあの日は

Sanが用意した伏線だったのかもしれない。





Sanは「ヒーリング講義」の中で一体なにを伝えてくれるのだろう。






前里光秀研究所 川満由希夫