開催中のプログラム

上級ヒーリングワーク4期

体重121キロからマイナス40キロ!!! 

体重121キロからマイナス40キロ!!!

https://voicy.jp/channel/1789/165717
↑こちらをクリック

●ジョージ2世は1年前まで、体重が120キロあった。

●当時はひどい気分だった。今は40キロも痩せた。今のほうが断然いい。

●20回以上、ダイエットしようと決意したが、上手くいかなかった。

●半年で30キロ痩せた。自分でもびっくりしている。

●人は本気で変わろうと思ったら変われる
     

ワクワク♪スピリッツ シーズン4スタート! 

ワクワク♪スピリッツ シーズン4スタート!

https://voicy.jp/channel/1789/164782
こちらをクリック↑

●ワクワク♪スピリッツは、みなさんがワクワクする、楽しくなる情報をお届けする番組です。

●シーズン1は11年前にスタートしました。

●パーソナリティは美輪勇気とジョージ2世です。2人共、沖縄県宮古島出身です。

●美輪勇気とジョージ2世が抱えている大問題

●宮古島のユタ(霊能者)について

●小1のとき、ユタに「魂が抜けている」と言われたエピソード

     

価値満タン体験vol.16  「3日目セッション後半」 


実は3日目のセッションには

別の出来事もありました。

中身のない話をしてしまったあのセッション中に

僕はひっそりとある体験をしていました。


それは、僕の話が終わって、

前里が2人のやり取りで何が起きていたのかを説明し、

次の段階の話へと進んでいる時のことでした。



もう外は暗くなっていました。

部屋の中はもちろん明りがついています。

窓のそばでセッションをしていましたが、

外からの明りはありません。

セッション中の3人を照らすのはその部屋の明りだけでした。

だからこそ、それが不思議な体験だと思ったのです。


僕の向かって左側に前里、

右側に受講者の方が座っています。

僕から2人の距離は1mほどでしょうか。

とにかく2人は僕の「前」に座っています。

僕はその状態で前里の話を聞いていました。


そしてしばらくしてふと感じたのが、

柔らかい風のような感覚。

僕の右斜め後ろからでした。

風といえば吹くイメージでしょうが、

その風はそっと寄ってくる感じでした。

そしてその風には「色」がありました。

ものすごく細かい粒子の黒が、

薄~いベールを作っている感じ。

外国のお葬式の映像で、

女性が黒い帽子の前にたらしているベールのようなものが、

とてもとても薄くなって空中に浮遊すほど軽くなったようなもの。

それが僕の右斜め後ろからそっと寄ってきて、

僕の顔を撫でるように通り過ぎました。

影が横切ったと言えばわかりやすいのかもしれないが、

どうしてもそんな単純な描写では伝えられない感覚でした。

また、自分にかかる「影」を作るには、

自分の手を上にあげる必要があったので、

瞬時に勘違いではないと気づき、

一瞬「ドキッ」としましたが、

セッションの途中でもあったので、

僕はそのまま何もなかったように平然としていました。


そしてセッションの翌日、

僕はそれを前里に話しました。


そしたら意外なことがわかったのです。


前里は驚いていました。

「あれがわかったの?」

こう言いました。


そして僕は「宇宙人が通り過ぎたんじゃないの?」

と冗談交じりで言いました。

明らかに何者かを感じていた僕ですが、

こんなリアルな体験は初めてにもかかわらず、

なぜか冷静でした。


そして前里の言う「あれ」の正体を聞きました。

結局「あれ」は宇宙人ではありませんでした。

それでは「あれ」とはなにか。

その正体は

「宇宙人の意識」

でした。


どういうことかというと、

そのものが僕の前を通り過ぎたのではなく、

宇宙人がこちらに意識を向けただけだということでした。


前里が驚いていたのは、

その微細なエネルギーに僕が気づいていた

という事実に対してでした。


まさかあれがわかるとは思わなかった。

予想以上に知覚が拡大している。


そう言われた僕の心は子供に戻っていました。

昔から「超能力者」になりたかったので。

実は僕はあの瞬間の直後、前里にこう言っています。


「超能力者になったみたい」


それほどまでに衝撃的だったからです。

でもそれがただの冗談ではないということを、

こういう体験が教えてくれるのだと思いました。


そしてもう一つ前里が教えてくれたことがあります。

前里はこう話してくれました。



宇宙人はただ意識を向けただけではないよ。

意識を感じて窓の外を見たら、

あの木のずっと上の方に



「UFOが来ていたよ」



僕はワクワクしてその話を聞きながら

「もうそんなに遠くないんだな」

そう思っていました。




     

価値満タン体験vol.15  「おもちゃ」  





僕は後日、この出来事を自分なりに考えてみました。

今回はそれを書いてみます。



僕はあの時「価値満タン」を知りました。

頭ではなく心で知りました。

豊かさに触れた瞬間でした。

それは素直に嬉しかったし感動した。


でも、手放しで喜んでしまいました。

「自分は価値満タンではない」

と公言したのです。


「たまには価値満タンになる」

という方がリアルかもしれません。



そして僕はこう考えます。


すでに前から持っていて毎日遊んでいるおもちゃを、

明日おもちゃ箱で見つけて大喜びするでしょうか。

まるでたった今プレゼントしてもらったかのように、

手放しで喜ぶでしょうか。

決してそうはならないはず。

元々自分が持っているものは、

たとえそのおもちゃが大好きで大好きでたまらない子供でも、

淡々と遊び始めるでしょう。


それをまるで初めてのように喜ぶとしたら、

「毎日遊んでいるはずのそのおもちゃを持っていなかった」

と勘違いした時くらいだと思います。

そんなことがあるのかどうかは別として。


私達は一人残らず「価値満タン」

どんな状態であろうと、その”状態”です。

それはすでに持っているおもちゃです。

確かに忘れているかもしれません。

でもそれは勘違いなのです。

忘れて遊んでいる。

なのに、元々そうであるのに

手放しで喜ぶということは、

そうではなかったかのように振舞うのと同じこと。

それは心からすれば

「そうではない」

になってしまう。

価値満タンで在り続けることは当たり前ではないと。

たまにそれに気づく程度でいいんだと。


実際には、価値満タンを使って

価値満タンとは思えない現実を創るということになる。

なんとも複雑だと思います。

元々持っているものは持っていて当たり前。

そのシンプルさが豊かな現実を創造するコツなのだと思います。

だから、その瞬間を体験した瞬間には是非、

これを心掛けてください。



「喜ばない」


     

価値満タン体験vol.14  「空気が抜けた」 




「なぜ今日はこんな風になってしまったのか」


それは結局、僕が調子に乗ったからだということでした。

それは「喜び過ぎた」という意味でした。

前里はそれを「空気が抜けた」と表現しました。

しっかり学んで知った。

そして心が空気でいっぱいに満たされた状態でになった。

しかし、軽い喜びがそこに穴を開け、

そこから空気が抜けたんだ。


でもこれはあくまでも表現です。

心は常に満たされています。


そしてこんな話もしてくれました。


たとえばスポーツ選手によくある「スランプ」

それもこれと同じなんだと。

初めはどんどん調子良く上がっていく。

初めはしっかり自分を見つめ、

自分を磨くことを忘れないから。

心がそこに全力で向かっているから。


そしてある一定のところまで上昇すると、

無防備に喜んでしまうことがある。

その喜びは

「もうこれで十分だ」

「これ以上は要らない」

という表現でしかない。

それは練習をしなくなるということではありません。

でも、心は一旦休憩してしまう。


それで空気が抜けてしまう。

そうなると今まで通りやっていてもなかなか結果が出ない。

でも何が違っているのかわからない。

これまで以上に一生懸命やっても変わらない。

むしろ怪我をしてしまったりする。

それはせっかく積み上げてきたものを、

手放したような状態になっているから。

芯が抜けたような状態になっているから。

それを「スランプ」と言っている。

そして試行錯誤しながら、

がむしゃらにそれに向き合うことで、

また元の状態に戻っていくんだと。



でも決して「喜んではいけない」という意味ではありません。

じっくりゆっくり、心の深いところ、

腹の下の方で喜ぶものなんだと言いました。

そうすれば問題ないと。

あるスポーツ選手が派手に喜びを表現しないのは、

心がそれを知っているからなんだと。



僕はその逆をやりました。

簡単に喜びすぎて、

「もうこれでいいんだ」

と勝手に決めてしまったのです。

でもそれは”僕自身”が決めたことではありませんでした。

では誰が決めたのか。


それは”心”です。

心がそう決めたのです。

もちろん心も自分ですが、

”顕在意識”を自分自身とした場合の表現として、

心を他人のように書いています。

ともかく

これからが始まりであるにもかかわらず、

まるで長い道のりのゴールに辿り着いたかのように

僕は満足し尽くしてしまいました。

それは全力で

「もう十分です」

と公言しているようなもの。


そうなれば間違いなく、

心はそれ以上の現実をストップします。

1ミリのずれもなくリクエストに応えます。

そして空気が抜けたように、

現実がしぼんでいくのです。


「良からぬ芽」は、

単に下心から芽生えたものではありませんでした。

手放しで喜んだ瞬間、

さらにその奥に、下心の種が埋められたのでしょう。